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『間違い電話の田中さん』大熊柚貴

<作品情報>

 

■上演時間

朗読にて約?分

 

■登場人物

僕……間違い電話をかけられてる男

田中さん…間違い電話をかけてくる女

 

■執筆日

2020年9月10日

 

※文字での表現を優先して、​過度な音の表現がございますが
音読する際はご自由に調整していただいて結構です。

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<本文>


 

「あ、もしもし。河本くん?田中です」

 

一本の間違い電話が、僕の元にかかってきた。

可愛らしい、若い女の子の声だった。

 

カンカンカン

 

後ろから大きな踏切の音が聞こえる。

女の子の小さな声がかき消されそうだったが、

僕が静かな人気のない道を歩いていたから

かろうじて聞き取ることができた。

 

「あ、すみません。間違えました、失礼します。」

 

電話は切れた。

 

その5分後、また僕の電話は鳴った。

 

「あ、もしもし。河本くん?田中です」

 

また田中さんからだった。

 

カンカンカン

 

まだ踏切の音は聞こえる。

よく電車が通る場所なのだろうか?

 

田中さんは、相手が僕だと分かると

恥ずかしそうにしながら謝ってきた。

「番号、もう一度確認してみます。すみません。」

そして彼女は電話を切った。

 

その30分後、また電話が鳴った。

 

「あ、もしもし。河本くん?田中です」

 

田中さんは、さっきの電話の時よりももっと恥ずかしそうに、気まずそうに僕に謝った。

3回も話せば、顔を知らなくても、僕には田中さんが知り合いのように思えてきた。

どんな顔をして、今恥ずかしがってるんだろう。

 

「ふふ、田中さんの番号、登録しておきますね。」

「おかしいなあ、電話番号変わったのかな…この番号のはずなんだけどなあ」

 

カンカンカン

 

また踏切の音が聞こえていた。

 

「河本さんには、なんの要件で電話を?」

「えっ、あ、えっと…」

 

田中さんは口ごもってしまった。

しまった、踏み込んではいけない話だったかもしれない。

たとえ3回話したとしても、田中さんはただの間違い電話の相手だ。

 

「興味本位で聞いてしまって、すみません。河本さんに繋がるといいですね」

「ありがとうございます!では、失礼します」

 

田中さんの電話は切れた。

そして、その5分後にまた電話がかかってきた。

ディスプレイには、さっき登録した『間違い電話の田中さん』が表示されている。

もう間違い電話とわかっているから、出る必要はないのだけど

僕はもう一度彼女の声が聴きたくなって、通話ボタンを押した。

 

カンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカン

 

次は今までで1番大きな音で、踏切の音が聞こえてきた。

相手の声は全く聞こえてこない。

 

カンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカン

カンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカン

 

いくら声をかけても返事はなかった。

ただ、耳元で踏切の音が聞こえてくるだけだった。

 

僕は諦めて電話を切った。

すると、すぐにまた電話がかかってきた。

 

カンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカン

カンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカンカン

 

さっきと同じように、踏切の音がうるさくて

田中さんの声は聞こえなかった。

 

例えば、踏切の音がうるさくて

電話相手と話ができないのだとしたら

どうして踏切から離れた場所で電話をかけてこないのだろう。

 

これは何の電話なのだろう。

踏切の音が異常に長く聞こえた。

 

カンカンカンカンカンカン

 

カン


 

踏切の音が途絶えた。

そして、間もなく電車の音が聞こえて、電話は切れてしまった。

そのまま何も聞こえなくなった。

田中さんから、それ以降電話がかかってくることはなかった。

 

3日程後の話だ。

「河本さん、お疲れ様」というメールが1通、僕の元に届いた。

「田中さん?僕、河本じゃないですよ」と返事をすると、

「すみません、間違えました。私も、田中ではありません。」と更にメールが届いた。

こんなに河本さんと間違われるということは、河本さんは前の電話番号の持ち主なんじゃないかと

僕は思った。

その旨を相手に伝え、ついでに

「田中さんという女の子からも、電話があったんです。もし心当たりがあれば、田中さんにお伝えくださいませんか」とつけた。

正直必要のない文章だったが、僕はまた彼女と話がしたくて、きっかけを探していた。

けれど、そのメールに返事はこなかった。

 

僕は、どうしてももう一度田中さんと話がしたかった。

一度会ってみたいとも思った。

それくらい、電話越しの田中さんは可愛いらしかった。

 

僕は悩んだ末、電話帳を開き、『間違い電話の田中さん』の電話番号を出した。

そして、緊張しながら通話ボタンを押してみた。

 

「はい」

 

電話越しで聞いた声は、中年の男性だった。

想像していた声と違い僕は動揺した。

 

「えっと…すみません、これ、田中さんの電話ですか?」

と聞くと、電話越しの彼はうんざりしたようにこう答えた。

 

「ああ、前の電話番号の人ですよ。もう亡くなったみたいですけどね」


 

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大熊柚貴

Twitter  @oh_kuma_yuki

WEB  https://ohkumayuki.wixsite.com/official

MAIL   daicyan.kumacyan.yukicyan@gmail.com

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