『The Cigarette』大熊柚貴
<作品情報>
■上演時間
声劇にて約15分
■登場人物
荘司……30歳くらいの男
女…荘司に様々な質問をする女。30半ばくらい
■執筆日
2017年頃
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<本文>
■早朝6:30、森の中
荘司が訪れた場所に怪しげな女が1人地べたに座っている。
目を合わせて会釈し、しばらく待ってみたが女は離れる様子もなく
ぼうっとしている。
荘司 「お早うございます。…寒いですね」
女 「そうね。去年よりも寒い気がする」
荘司 「…………」
女 「ねえ」
荘司 「はい?」
女 「煙草。持ってる?」
荘司 「煙草?持ってな…いや、持ってた。持ってました。一本でいいですか?」
女 「うん。」
荘司、女に煙草を一本渡す。
荘司 「切らしましたか。買いに行くのも面倒ですよね、わかります。
近くにコンビニがあったな。」
女 「私、喫煙者じゃないのよ」
荘司 「えっ?」
女 「だから買いに行く必要はないの」
荘司 「……じゃあなぜ?」
女 「人の煙草を貰うのが好きなの。特に、知らない人のね。」
荘司 「それはどうしてですか?」
女 「まず、その人が喫煙者なのかどうか。次に、喫煙者だったとして
全く知らない赤の他人の私にくれるのかどうか。
次に、くれるなら何本くれるのか。
最後に銘柄。どんな匂いの、どんな強さの、どんなパッケージのものを
吸うのか」
荘司 「はあ」
女 「そこからその人の人格を妄想するのが趣味なの」
荘司 「変わった趣味ですね」
女 「貴方はくれた。くれたけれど、何本欲しいですかとは聞かず
一本でいいですかと言う。その上、購入できる場所の紹介をする。
貴方は外面が良い男。買いに行くのも面倒、という言い回しから
あまり前向きで明るい性格とも言えない。消極的。
それと喫煙者は1人の時間が好きな人が多いから…
そうね、貴方の心の中を当ててみせるわ。
早くどっか行けクソ女。…どう?」
荘司 「…クソ女とまでは思ってませんでしたけど、さっきまでは」
女 「思ってたほど外面のいいタイプでもなかったか」
荘司 「いや…」
女 「それとも、もう外面を良くする理由もない?自殺?」
荘司 「貴方はどうしてそんなに他人に興味があるんですか?」
女 「自分を知る為」
荘司 「自分を?」
女 「うん。他人を知ることで、自分がどんな人間かを知りたいの」
荘司 「どんな風に?」
女 「例えば、私だったら煙草を持ってても持ってないフリをするから
私は貴方に比べて嘘つき。とかね」
荘司 「なるほど、貴方の都合で。迷惑な話ですね」
女 「貴方は?」
荘司 「え?」
女 「今から自殺しようとしてた貴方は迷惑じゃないの?」
荘司 「迷惑をかけたくないので、離れてほしいです。」
女 「離れない」
荘司 「止めないでください」
女 「止めない。死んでみて」
荘司 「え?」
女 「人が自殺するところを見てみたい」
荘司 「貴方本当におかしいんじゃないですか?僕は嫌ですよ。気分が悪い」
女 「今から死ぬのにそんなこと気にする必要ある?」
荘司 「嫌な人生から解放されたくて死ぬのに、
死ぬ時くらい晴れやかな気持ちでいたい」
女 「面白いこと言うのね」
荘司 「貴方ほどでは」
女 「死にたい理由を聞いてもいい?」
荘司 「……そんな、複雑ですよ。積み重ねってやつです」
女 「ベスト1は?」
荘司 「ベスト1…」
女 「そう。貴方の背中を押した人よ」
荘司 「…自分」
女 「自分?」
荘司 「自分自身。僕は、人を殺した」
女 「そうなんだ」
荘司 「驚かないんですね」
女 「殺してそう」
荘司 「酷いこと言いますね。最低だとか怖いとかないの?」
女 「色んな事情があるから」
荘司 「変な人」
女 「そう?」
荘司 「普通じゃない」
女 「またひとつ自分のことを知れた。私は普通じゃない。誰を殺したの?」
荘司 「彼女を」
女 「わお。愛する人を殺してしまって、貴方は罪の意識から命を絶とうと」
荘司 「まあそんなところです」
女 「故意的ではないんだ?」
荘司 「まあそうです」
女 「事故で人を死なせた時、自らの命を絶って償うべきだと思う?」
荘司 「説教ですか?」
女 「いいえ。ただの興味」
荘司 「…わかりません。ただ死ぬべきだと思った」
女 「彼女の後を追いたいわけではなくて?」
荘司 「それもあるかもしれません」
女 「彼女の後を追うのは彼女と一緒にいたいという自分の欲望の為。
償いとは真逆ね。いや、償いも結局は許されたいという自分の欲望の為か」
荘司 「そんな難しいことは考えてません」
女 「人が死ぬ時ってきっとそうなの。シンプルなのよね」
荘司 「シンプル?」
女 「色んな考え、色んな理由が頭の中でゴチャゴチャして、
最後にいきつくのはただ一言。死にたい。それだけ」
荘司 「死にたいと思ったことがあるんですか?」
女 「妄想」
荘司 「そうですか」
女 「他人が他人の理屈を言っても無意味なのよね。」
荘司 「だから止めないんですか」
女 「誰でもいつかは死ぬ。自分の人生だから幕の引き方を選ぶのも自由。
これが私の理屈よ」
荘司 「………」
女 「どうしてそんな顔をするの?」
荘司 「わかりません」
女 「無意味じゃなかったみたいね」
荘司 「わかりません」
女 「どんな彼女だった?」
荘司 「優しい彼女だった」
女 「何か優しいエピソードは?」
荘司 「いつも優しかったから」
女 「貴方はどんな彼氏だったの?」
荘司 「最低な彼氏だった」
女 「何か最低なエピソードは?」
荘司 「殺した」
女 「つまらない返事」
荘司 「面白い話になんて、なるわけがない」
女 「どこで出会ったの?」
荘司 「幼馴染です」
女 「へえ。じゃあ、その子がいない世界は考えられないわけだ」
荘司 「今がそう」
女 「名前は?」
荘司 「荘司」
女 「彼女よ」
荘司 「桜」
女 「いい名前。桜ちゃんとは何歳から?」
荘司 「3歳とかそんな頃から。」
女 「幼馴染から恋人関係になるのってハードル高くない?」
荘司 「どうしてですか?」
女 「何か、家族みたいなところあるじゃない。子供の頃から知ってると。
それが恋愛感情に気づいて…ってなると伝えるのが照れくさかったりとか」
荘司 「桜は素直でしたから。僕と違ってね。好きだと思えば好きだと
ストレートに伝えることができる」
女 「確かに貴方と似てない」
荘司 「似てませんよ。全く。誰からも好かれる子だった。何故僕と
一緒にいてくれたのか分からない」
女 「それは桜に貴方と一緒にいたい理由があったから」
荘司 「分からない」
女 「それは知るべきだった。もしくは、気づくべきだった」
荘司 「どうしようもない。もう二度と分からない」
女 「告白はしたの、されたの?」
荘司 「されたよ、さっきも言った通り桜は素直だから」
女 「それでも何で自分が愛されていたか知らないの?馬鹿な男」
荘司 「そうですよ。僕は馬鹿なんです」
女 「何て言って?」
荘司 「………ずっと一緒にいようよって。」
女 「何で照れるの?聞き取れない」
荘司 「ずっと一緒にいようって。ずっと一緒にいるものだと思ってた。
物心ついた時から一緒にいて。これからも一緒にって。
結婚して、子供ができて。ヨーロッパに旅行に行きたいなあだとか、
ドラマを全話一緒に見ようだとか、色々と思い描いてた未来が
当たり前にくると思ってた。
僕の人生は生まれてから死ぬまで桜と一緒だと思っていた。」
女 「意外にロマンチストね。いや、後追い自殺をするくらいだから
意外でもないな」
荘司 「感想がそれですか?」
女 「死ぬまで一緒にいる人なんていない。心中だけ。
ほとんどの人間とは必ず死別するの」
荘司 「…………」
女 「どうやって殺したの?」
荘司 「…………」
女 「凶器は?」
荘司 「直接何かで殺したわけじゃない」
女 「貴方の言葉?」
荘司 「そうかもしれない」
女 「どんな鋭利な言葉?」
荘司 「桜を病院にいかせなかった」
女 「うん」
荘司 「心配させたくないし大丈夫だと言った桜を
そのままにした。まあ明日も続くようなら連れて行けばいいかと
思った」
女 「それだけ?」
荘司 「は?」
女 「何?」
荘司 「いい加減にしろよ」
女 「言ってる意味が分からない」
荘司 「どこまで無神経なんだよあんた」
女 「無神経?どこが無神経?教えて」
荘司 「人が傷ついてて、彼女が死んだって話をしてて、それだけって何だよ」
女 「貴方が殺したんでしょう?罪の意識を感じてるんでしょう?
貴方は加害者なの。被害者なの。一体どっちの立場で話してるの?」
荘司 「うるさい、もう何も聞くな、ほっておいてくれ」
女 「わかった」
荘司 「………この場から消えろよ」
女 「それは私の自由」
荘司 「もういい、俺が離れる」
女 「どこへ?」
荘司 「別の場所で死ぬ」
女 「ついていってもいい?」
荘司 「いいわけないだろ!頭おかしいんじゃないのか」
女 「どうして頭がおかしいの?」
荘司 「もう何も質問してくるんじゃない、女でも容赦しない、殴るぞ」
女 「私も殺す?」
荘司 「うるさい!!!!!」
女 「…………」
荘司 「悪趣味だよ、あんた。どんな風に生きてきたらそうなるんだ」
女 「どんな風に。」
荘司 「大事な人を死なせてしまったり、そういう経験がないから
気持ちが分からないんだろ」
女 「そう思う?」
荘司 「違いますか」
女 「逆なら」
荘司 「逆?」
女 「殺されかけたことなら」
荘司 「………誰に?」
女 「交際相手」
荘司 「どうやって?」
女 「暴力」
荘司 「…………」
女 「いわゆるドメスティックバイオレンスになるのかな」
荘司 「そうですか。生きててよかったですね」
女 「どうかな」
荘司 「よかったでしょう」
女 「そのまま相手は何処かへ行ってしまった」
荘司 「音信不通?自然消滅ってやつですか」
女 「死んだんじゃない?貴方みたいに」
荘司 「殺そうとしたのに?」
女 「情緒不安定だったから。よく泣いていた。申し訳ないと」
荘司 「殺そうとしたのに?」
女 「貴方の死ぬ理由がめちゃくちゃなのと同じ」
荘司 「難しいです」
女 「人間だもの」
荘司 「どう思ってるんですか?」
女 「抽象的な質問ね」
荘司 「じゃあ…殺されそうになった時、どう思いましたか」
女 「私のことが知りたい?私に興味もった?」
荘司 「少し」
女 「さっき自分のことを知る為に他人を知るって言ったじゃない」
荘司 「はい」
女 「半分嘘。本当はいなくなったその人のことを知る為」
荘司 「いなくなった人のことを知る為…」
女 「うん。鍵がどこかに落ちてるんじゃあないかって」
荘司 「鍵…でも僕はその人とは違う。暴力なんてふるってない」
女 「全く同じ人間はいない。彼のコピーを探してるわけじゃない。」
荘司 「…はい」
女 「自責の念は人を殺す」
荘司 「………」
女 「貴方と同じように彼も追い詰められていたのなら、
やっぱりもういないのかも」
荘司 「………」
女 「この場合は私が彼を殺したことになるの?彼を追い詰めた存在は私かも」
荘司 「わかりません…」
女 「私も罪を償う為に死ぬべき?」
荘司 「わかりません…」
女 「…人は生きてるだけで誰かを傷つけるし、間接的に殺す」
荘司 「生きてるだけで…」
女 「そう。例えばもしかしたら桜ちゃんのことを好きな男が別にいたら
貴方と桜ちゃんが結ばれた時点で傷ついてるでしょう。
誰かが何かを得れば誰かが何かを失うのよ。
それは物であったり、時間であったり、感情であったり、人であったり、
何だって。そしてそれは止められない。」
荘司 「はい」
女 「そういう現実に直面したときに必要なことって何だと思う?」
荘司 「わかりません」
女 「受け入れることよ。」
荘司 「それが正解ですか?」
女 「さあ。これは私の理屈だから。だから私は死なないわ」
荘司 「………」
女 「ただまあ、それでも…愛した人のことは知りたい」
荘司 「そうですね」
女 「もしよかったら何だけど」
荘司 「はい」
女 「貴方のことをもっと知りたいの」
荘司 「………」
女 「そして私も、もしかしたら、貴方が知りたかったことを知る鍵を
持っているかも」
荘司 「つまり?」
女 「じゃあ、ひとまず」
荘司 「ひとまず?」
女 「煙草を買いに一緒にコンビニへ行かない?」
荘司 「………煙草、吸わないんでしょう?」
女 「吸わない」
荘司 「…まあいいです。僕が買います。もうすぐ無くなるんで、買い足さないと」
女 「うん、そうしましょう」
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大熊柚貴
Twitter @oh_kuma_yuki
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